湖南省・衡陽市での青年海外協力隊体験記 第16回−角谷木綿
外国語学習に強い学習動機は必要不可欠。では、私の生徒たちはどうして英語ではなくわざわざ日本語を勉強しようと思ったのだろうか。将来日本へ留学したいから? 日本のアニメや漫画をみて日本文化に興味を持ったから? てっきりそういう前向きな動機で日本語を勉強し始めたのだろうと思っていた。
ところが、「私と日本語」というテーマで作文を書かせてみてビックリ仰天。なんと、「英語の成績が悪かったので、高校では日本語を選択しました」と書いている子がほとんどだったのだ! つまり、中学で英語の授業についていけなかった子が「大学入試の外国語科目を英語で受験しても勝ち目はない。でも、日本語で受験したらまだ望みがあるかも」と考えて高校から日本語に転向した、ということらしいのだ。ちょっとガッカリしてしまった。
こうして受験のために日本語を勉強する彼らは、ただひたすら単語や文型を詰め込まれる。このような現地教師による文法中心の授業の合間に私が会話の授業を行っていたのだが、そもそも60人以上もいるクラスで会話の授業をすること自体が無理な話。生徒たちの「話す力」はなかなか伸びなかった。
しかし、あることをきっかけに急にペラペラ話せるようになった子もいる。そのきっかけとは、毎年北京で開催される「中国高校生による日本語スピーチコンテスト」だった。
このコンテストに学校の代表として出場したSくん。ちょっとキザでクールな男の子だ。彼にとってコンテスト出場は人生最大の出来事。なにしろ、衡陽から一歩も外へ出たことのないクラスメイトたちが多い中、彼は大都会・北京へ行くのだ。こんなチャンスはめったにない。出場するだけでもちょっとした「学校のヒーロー」である。
本番直前の数カ月間、私は彼につきっきりでスピーチの猛特訓を行った。発音から表情まで厳しくチェックを入れ、仕上げとして度胸をつけるために他の学年の生徒たちの前でスピーチをさせた。そして締めの一言。「Sくん、君はうちの学校で一番優秀な日本語の生徒なんだから、自信をもっていいんだよ!」「はい!」
そして本番。Sくんはみんなの心をグッと掴む素晴らしいスピーチを披露してくれた。結果はなんと全国3位! レベルの高い東北出身の生徒が多数出場する中、うちのような南方の生徒が全国3位を獲得するのは相当な快挙である。クールなSくんは得意そうな笑顔を輝かせて喜んだ。
この人生最大の晴れ舞台をきっかけに、Sくんの日本語は劇的な進歩を遂げた。以前は私に対しても中国語で話しかけていたのに、いつの間にか積極的に日本語で話そうとするようになった。短期間にここまで話せるようになるとは、同じ人間とは思えないほどだ。「僕は学校を代表して全国3位を勝ち取ったんだ!」という、自分に対する揺るぎない自信がSくんを変えたのだった。(写真は、真剣に授業を受ける生徒たち。続きは9月10日10:00ごろの掲載予定です)(執筆者/写真提供:角谷木綿)
| 【執筆者】 |  | | 角谷 木綿(つのや ゆう)
第1期サーチナ・サポーター。 1980年生まれ。2003年、関西大学社会学部社会学科マス・コミュニケーション学専攻卒業。大学卒業後、国際協力機構(JICA)のボランティア事業である青年海外協力隊に参加。2年間中国湖南省衡陽市の高校で日本語を教える。現地の暖かい人々に囲まれて楽しい日々を過ごし、06年4月に帰国。趣味は古筝(中国のお琴)を弾くこと。2年間の協力隊活動の中で経験した喜怒哀楽の数々を紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。 |
|