495年1月13日(太和18年12月初2日)、北魏の孝文帝が胡服の着用禁止令を発表した。
北魏はモンゴルの遊牧民族「鮮卑」の拓跋氏が、華北を統一して建てた王朝。「胡服」とは鮮卑人の服装を指す。
孝文帝(467−499年)は北魏の第6代皇帝。満5歳で即位し、490年に太后馮氏が死去すると親政を開始した。
孝文帝は胡服禁止令により服装を漢人風に改めたほか、姓名も同様に改め、漢語(中国語)の使用を奨励。また、鮮卑と漢人の貴族の家格を定めて相互の通婚を奨励しするなど漢化(中国化)政策を積極に進め、一方では中央集権を強化した。(編集担当:梅本可奈子・如月隼人) |