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中国政府も理解示す現代アートも、政治化進む“芸術性” |
【コラム】 Y!
2009/01/21(水) 16:58
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今回は北京に現存するものとしては最も古いアート村・宋荘における最古参のアーティストの1人、王強さん。
――最近はどのような活動をしていますか?
最近は創作が忙しいです。主な作品はインスタレーション(装置)による衣服シリーズです。08年の上海ビエンナーレでもインスタレーション作品を発表しました。ほかに、パフォーマンス、貨幣シリーズも発表し続けているほか、ビデオ作品もあります。
――宋荘芸術祭にも出品しましたか?
5ミリにつぶした自転車100台を路上に並べてインスタレーション作品としました。06年の芸術祭で美術を美術館や画廊に閉じ込めるべきでなくもっと社会に開放すべきとの思いから、10人以上の参加者が作品を取り付けた自転車に乗って宋荘を回る「一条龍」という活動を行ったのですが、その流れを汲むものです。
<農村に築かれた宋荘アート村>
――宋荘には今どれぐらいのアーティストがいるのですか?
2000人余りです。売れている画家もいれば昔のように大変苦しい生活を送る画家もいます。年齢もまちまちです。
――ぼくは10年前に宋荘にいたのですが、あの頃と今とでは様子が違うように見えます。この10年で変わった点、変わらない点を教えてください。
変わった点としては政府がアーティストの活動を支持してくれるようになった点です。その結果、作品を公然と発表することができるようになり、画廊や美術館が増え、画家の数も増えてきています。また生活するのに便利にもなりました。一方、変わらない点といえば画家が多くて乱れていることです。
――宋荘に画家が住み始めたのは92年頃と思いますが、そもそもなぜここに集まったのでしょうか?
これは宋荘が北京の他のアート街と異なる特徴にも挙げられますが、宋荘は798など他のアート街と違って農村にあります。市内に住むことと農村に住むことの違いは、農村であれば生活のコストが低く、家が大きいことです。つまり生計に苦しみながら大きな作品を手がける画家たちにとって好都合だったわけです。当時、宋荘の農民の中には市内へ引っ越した人がいて、空き家がたくさんありました。その頃の典型的な平屋の購入価格はおよそ半畝(333平方メートル)で5000−1万5000元くらいでしたから、何年かすれば市内で賃貸生活をするよりも安く上がった。こうした安さが最大の理由です。それでもって画家が集まりだすと、画家が集まっている場所の方が安心感が持てるからさらに増えたわけです。
――当時は大変苦しい環境だったから安心感は大切でしたね。
90年代の宋荘は完全な農村の中で画家が移り住んだ所でしたから、店もろくになくて、生活は不便でした。レストランと言えば不衛生な店ばかりでした。現地の政府や農民との関係も悪かったです。何かにつけて「道路建設費」だとか、「養犬費」だとか言って、徴収しに来た。警察がしょっちゅう来て、なんだかんだと言いかがりをつけたりもしました。
――今では想像もできませんね。
ここ3、4年くらい、画家と現地政府の関係は非常にいいと言えます。政府は画家を利用して稼げるものなら稼ごうと思っているし、画家も政府と仲良くしておいたほうがいいと考えています。でこぼこの土の道もアスファルトになったし、おいしいレストラン、美術用品店、美容院、画廊、カフェなど何でもありますね。
――最近の現代アートに対してはどう考えていますか?
中国現代アートは始まったばかりです。これからの道のりは長いといえます。この発展と社会はストレートに関係しています。宋荘の芸術家群落という現象は、中国にとって重要です。宋荘は社会主義体制のもとに生まれたものです。現象そのものがきわめて特徴的なのです。
――課題はありますか?
中国現代アートは政治化しています。本当に中国現代アートを研究している人が非常に少ない。多くの画家が利益、カネのために絵を描いています。宋荘についても中国現代アートのスポットの一つなので、同じことが言えます。もっと純粋に美術に取り組むことがアーティストだけでなく関係者にも必要ではないかと思っています。
本文中の写真上は、美術館にも見える宋荘にある王強さんの大きなアトリエ。写真真ん中は、今日美術館での個展(08年)で発表した自転車100台のインスタレーション作品(王強氏提供)。写真下は、08年の上海ビエンナーレで発表した衣服シリーズ(王強氏提供)。(聞き手、文責:麻生晴一郎 企画:サーチナ・メディア事業部)
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 | | 王強(ワン チアン)
1963年黒龍江省出身。中央美術学院卒業。92年より北京でフリーのアーティストとして活動する。国内外で発表多数。日本でもキリンコンテンポラリー・アワード(後のキリンアートプロジェクト)を98年に受賞したほか、個展・グループ展が開催され、たびたび来日している。 |
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