|
【中国ブログ】南京人の告白、「私は日本人を恨んでいない」 |
【社会ニュース】 Y!
V 2009/07/13(月) 19:53
|
大虐殺が起きたと言われる南京市。その南京市に住む中国人ブロガー气定神仙氏が「私は日本人を恨んでいない」とする文章を自らのブログに発表した。彼によると「恨むべきは日本人ではなく、戦争である」としている。以下は、その要約。 -------------------------------------------------------------- 一人の南京人として日本人を恨むかと言えば、私はその資格を有する人間であろう。しかし、私は日本人を恨んではいないし、そうしたいとも思わない。私が日本人を恨めば、私はきっと自分自身をも恨むようになってしまうのではないだろうか。私はなぜ自分が日本人を恨んでいないのか、考えてみた。
まずは「宣伝」に対する反抗心理に基づくものである。南京大虐殺記念館で公開されている写真を見れば、遺恨の念をはじめとする様々な感情を抱くことは禁じえない。しかし、これらの感情は日本に対してではなく、戦争に対する感情であり、悲劇はあくまでも戦争が作り出したものだと感じるのだ。
関連写真:そのほかの映画『南京!南京!』に関する写真(130件)
中国国内における「宣伝」は目的をほぼ達成したといえるだろう。多くの中国人は骨髄に達すほどに日本人を恨んでいながらも、戦争そのものを恨むことはない。そればかりか彼らは戦争を好んでいるようにも見え、戦争が勃発することで日本人や台湾人、米国人、ひいては自分と意見を異とする同胞ですら殺そうと期待しているようにすら感じるのである。
私が日本を恨んでいないもう一つの原因は、率直に言えば私は日本の文化が好きだからに他ならない。多くの中国人が日本の漫画を愛読しているのではないだろうか?私の場合は漫画ではなく、日本の文学が好きなのだが、私は川端康成の「伊豆の踊り子」や「雪国」を読んだこともあるし、村上春樹の作品も大好きである。また、私が好きな中国人作家の郁達夫も日本文学の影響を受けているのだ。
もちろん私も日本文化には変態的で抑圧された面が存在することを知っている。はじめは驚き、嫌悪感も抱いたが、それだけで日本人の国民性を否定したり、攻撃したりはしない。なぜなら完全無欠な民族など存在しないからである。それに私は日本のアダルトビデオも好きだし、仮に極端な愛国主義者であっても日本のアダルトビデオの誘惑を拒絶することは難しいのではないだろうか?
最後に私が日本を恨んでいない三つ目の原因である。南京大虐殺は戦争が人を変えたからこそ起きた事件であり、中国人も被害者であるが日本人も被害者なのだ。血で血を洗い、日本を討伐すると騒ぎ立てるネットユーザーたちも戦争が勃発すれば同じように人間性を喪失するだろう。少なくとも、彼らが口に出している言葉を聞けば、彼らはすでに暴虐の極地に達していることを否定することは出来ない。
本当に同胞を愛し、本当の良識と正義感を持ち、本当に世の中の平穏を願うのであれば、恨むべきは政府であって日本人ではないはずである。過去、大躍進で死亡した3755万人の同胞を含め、戦争の無い平和な時代に数千万人もの中国人が自らの同胞に殺されていながらも、後悔や反省は未だに見られない。事実を追求するための努力ですら闇に葬られているのだ。
2009年、村上春樹がエルサレム文学賞を受賞した。彼が受賞の際に行ったスピーチにおいて、「我々は皆、多かれ少なかれ、卵である。我々は各々が壊れやすい殻の中に入った個性的な心を持っている。そして我々は、程度の差こそあれ、システムという名の高く、堅固な壁に直面している。システムは我々を守る存在として認識されているが、時に我々を抹殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる」と語った。
ここで少しでも良いから考えてみて欲しい。我々が持っているのは独特で生き生きとした心であり、体制ではない。体制から搾取されるようなことがあってはならないのである。なぜなら体制が我々を作ったのではなく、我々が体制を作ったのだから。(編集担当:畠山栄)
【関連記事・情報】 ・【中国ブログ】南京人から見た日本「日本は凄い国」(2009/06/14) ・【中国ブログ】南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?(2009/05/22) ・【中国ブログ】日本人よ、『南京!南京!』を見て歴史を正視せよ(2009/05/12) ・【中国ブログ】愛国には理性が必要「日本には学ぶべき点がある」(2009/05/02) ・私はなぜ、日本人を恨んでいないか - 安神補脳ブログ |
|
|